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2008年8月

2008年8月12日 (火)

其之参拾九

「完敗だ。ちゃんと練習してたんだな」

石川が俊介に近寄り、握手を求めてきた。

「ああ。お前を倒すには生半可な稽古じゃムリだよ。

隠してて悪かった。この間は、すまなかったな」

俊介は、石川の手を握り、お互いの健闘を称えあった。

「しかし、よくその足で闘ってたな・・・・」

「え!?」

石川が、指差して言ったので、僕らは俊介の

右足首に注目した。

俊介の足首は、赤く腫れ上がっていた。

今まで誰も気付きはしなかったんだ。

「ああ、前の試合で、ちょっとな・・・。

ホントは立ってるのも、やっとなんだ」

俊介の額からは暑さによるものとはまた違った

脂汗のようなものがしたたっていた。

「その状態で負けたんだ。完敗だよ、今回は。

でも、今度は絶対負けねぇから覚悟しとけよ」

石川は、俊介の右手をさらにギュッと握り締めた。

「ああ。またな」

俊介もそれに呼応するように石川の手を握り返した。

その後、俊介は足を引きずりながら僕のところに来た。

「瑞樹。元気でたか?」

俊介は、顔を痛みで歪めながらも、僕に親指を立て

笑顔を浮かべながら言った。

「ああ。スゴイよ。やっぱ、オマエは・・・・」

「オマエのために勝ったんだぞ!

瑞樹もただ立ち止まってるんじゃなくて気合みせろよ。

自分のやりたいこと見つけたんだろ?

彼女のことは仕方ないさ。きっかけはどうあれ、

彼女目当てで音楽をやりたいって思ったわけ

じゃないんだろ?

それにオマエを好きでいてくれる人もいるんだぞ。

オレたちだって、そうさ。みんなオマエの笑ってるトコを

見たいんだよ」

「・・・ああ」

僕は、思わず涙ぐんだ。

ここまで言ってくれる人が僕には、いたんだ。

下ばかり向いて立ち止まってるだけじゃ、きっと

何も進まない。

前を向いて、しゃんと上を見上げるように

僕は歩いていかなければならないんだ。

上を見上げることにより、後ろにつんのめりそう

になっても、僕にはきっと支えてくれる友人たちがいる。

どんなに素晴らしいことなんだろう。

かすんでいた視界は、空が晴れ渡るように僕の目の前に

くっきりと照らし出された気がした。

「おいおい。さっき笑ってるトコが見たいって

言ったばかりだろ」

ハハハハハッ。

「あ・・・ああ。ああ・・・」

僕は笑顔を浮かべた友人に囲まれ、

ただ、その場で泣きじゃくってしまっていた。

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其之参拾八

「はじめ!!」

主審の一声で仕合は始まった。

「イエエエエエ!!」

「オーーーー!!!」

両者の声が会場に響いた。

案の定、石川の連打が俊介を強襲。

パン!!パン!!!パン!!!パン!!!!

パァーーーーーーーーーーーーーン!!

「小手あり、一本!!!」

なんと、数秒で俊介が小手をとられてしまった。

「あ・・・・」

僕は、ふいに言葉を発した。

まさか、これほどカンタンに俊介が一本を奪われると

思っていなかった。

ザワザワザワ・・・・

会場内は、俊介のこんな姿を想像していなかったのだろう。

女生徒の悲鳴も所々で聞こえた。

しかし、まだ試合が終わったわけではなく

すぐさま、二本目が始まった。

しかし、その瞬間だった。

パシーーーーーーーーーーーーーーン!!!!

それは、残酷なほど綺麗に決まった。

会場は静まり返った・・・が、その後、大きなうねりを

あげた。

「胴あり、一本!!!」

俊介の竹刀が石川の胴を打ちぬいた。

「す、すげー・・・・やっぱ、俊介だ・・・・・。

こりゃ、まだまだわからんぞ」

スマイリーたち剣道部員が、間近で観ているのが見える。

僕は、ついサングラスを外して、その後の試合のなりゆき

を見守った。

「ウッシャアア!!!!!!!!」

石川は、たたみかけるように連打をつづけたが、

俊介は、それをうまくかわしている。

その攻防はしばらく続き、会場はツバを飲み込む音が

聞こえるほどに静まり返った。

それは、まるで二人だけの空間を創り出しているようでも

あった。

そして、俊介がついに動いた。

その竹刀の描いた軌道は鮮やかに、観る人々の心を

一瞬にして奪い去った。

面を打つとみせかけた、かつぎ胴。

パアーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

「胴あり、一本!!!勝負あり!」

ワアアアアアアアアアアア!!!!

割れんばかりの歓声に武道館内が包まれた。

やった!ついに、俊介が念願の県大会優勝を手にした。

僕はすかさず、喜びを分かち合う剣道部員の元へ行き、

俊介の胴上げに参加した。

「あ。アイツ!今、自宅謹慎中のはずだぞ!」

そこには、たまたま僕の担任の井上が会場に

訪れていた。

「まあまあ、先生。いいじゃないですか。

聞く所によると、いじめられている女生徒を

かばうために、やったらしいじゃないですか。

それに、ようやく三村が、念願の初優勝を飾ったん

ですから。

ここは、目をつぶりましょうや」

「むむぅ・・・・」

剣道部の顧問のキムっさんは、上機嫌らしく、

僕をかばってくれたようだ。

淀んだ梅雨の雲間からは、新しい季節の訪れを

告げるかのように無数の光が射していた。

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2008年8月11日 (月)

其之参拾七

生暖かい空気が館内を満たし、その場を埋めた

人々の額からは汗が絶えず流れ出ている。

ただ、それは決して淀んだ雰囲気ではなく、

黄色い声援を上げる女生徒たちに埋め尽くされていた。

「すごいな・・・これ、俊介効果か!?」

僕は、その女生徒の数に圧倒された。

そう、何ヶ月か前に雑誌に特集されたんだ。

その雑誌は、剣道誌という一般向けのものではなかった

のだが、そこから、口コミで火を噴き、

『今話題の高校生』としてファッション誌に掲載された

のが原因だろう。

その誌面には、正座をした俊介が面を外し、膝の上に

置いた状態で写されていた。

さすが、プロの撮った写真だ。陰影が俊介の引き締まった

マスクを強調していた。

ファンが増えるのは仕方ないことだ。

俊介自身困惑してはいたが・・・。

僕は、俊介に言われるように、変装して武道館内に

潜り込んでいた。

サングラスとキャップをかぶっていたんだが、女生徒の中

でさすがに、これは浮いてるんじゃないかなと自分でも

思った。

「おい。アレ、瑞樹じゃねぇ?」

「え?あ、ホントだ。アイツ、バレバレだよ・・・ハハ」

「俊介!瑞樹、来てんぞ」

「ああ、来てくれたんだな。よし、ガンバるかんなっ」

俊介たちが僕の方を見て、何やらクスクス笑っていた。

多分、こんなやりとりをしていたのではないだろうか。

僕は、この蒸し暑い中、剣道部の勇姿を見守ったんだ。

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団体戦はやはり力及ばず、二回戦敗退という惨たんたる

結果に終わった。

しかし、個人戦は、やはり順当に勝ち進み、

決勝、俊介対城北高校の石川という図式になった。

石川という選手は見た目にゴツく、力技で押してくる

タイプではないかと容易に想像がついた。

対して、俊介はスラッとした体型で、

こういった選手には押し負かされるんじゃないかと

僕は不安になってしまうほどだった。

でも、あの自信ありそうな俊介の声を聞く限り、

かならずやってくれると確信していた。

そして、その一戦が今にも始まりを告げようかと

女生徒の黄色い声援が会場内を

クレッシェンドしていった。

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